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東京地方裁判所 昭和34年(行)139号 判決 1961年11月09日

判  決

東京都世田谷区世田谷二丁目一、〇九〇番地

原告

辻富蔵

右訴訟代理人弁護士

緒方浩

森本脩

清水正三

同千代田区霞ケ関一丁目一番地

被告

右代表者法務大臣

植木庚子郎

右指定代理人法務省訟務局第二課長

星智孝

同法務事務官

小林準之助

島根県松江市殿町

被告

島根県

右代表者知事

田部長右衛門

右指定代理人島根県事務吏員

森広厚造

外四名

右当事者間の昭和三四年(行)第一三九号損害賠償等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の被告島根県に対する訴中原告と同被告との間において原告が有する島根県陰地郡五箇村竹島地内および地元海面二、五八六アールの「りん鉱」採掘権につき原告に鉱区税の納付義務がないことの確認を求める部分は、これを却下する。

原告の被告島根県に対するその余の請求および被告国に対する請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、「一、原告と被告島根県との間において、被告国が島根県陰地郡五箇村竹島に対する統治権を完全に回復するまでの間、原告が被告島根県に対し右竹島地内および地先海面「りん鉱」二、五八六アールの採掘権につき鉱区税を納付する義務のないことを確認する。二、被告島根県は、原告に対し、金三五、四八〇円を支払うべし。三、被告国は、原告に対し、金五億円およびこれに対する昭和三四年一一月三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。四、訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決および給付を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、被告島根県指定代理人および被告国指定代理人は、それぞれ請求棄却の判決を求めた。

第二  当事者双方の主張

一  請求原因

(一)  竹島は、北緯三七度九分三秒、東経一三一度五五分の日本海対馬海流の真只中に位置する無人の小島であるが、明治三八年二月二二日、「竹島」と命名され、その行政区域は島根県陰地郡五箇村に編入され、現に一般行政は島根県隠岐支庁の、鉱業権は広島通商産業局の各管轄下にある日本国の領土の一部である。

(二)  昭和一四年六月六日、右竹島の通称東島、西島およびその周辺の火成岩礁より成る二、五八六アール(八三、八〇〇坪)の区域を鉱区として「りん鉱」試掘権が鉱業権代表者小林源太郎に対して設定せられ、同二一年一〇月九日、訴外田村寿が右試掘権を譲り受け、さらに同年一二月二四日、原告、田村、訴外安居惣七の三名が共同鉱業権者としてこれを譲り受け、原告がその代表者となつた。次いで右原告ら三名は、昭和二四年一月一二日付で右鉱区につき採掘権設定の申請をし、昭和二九年二月二六日原告ら三名を共同鉱業権者として採掘権が許可せられ、同年三月二九日登録番号第一七四号を以てその登録を受け、原告がその代表者となつて今日に至つている。

(三)  これよりさき、昭和二五年いわゆる朝鮮事変が勃発するや、当時日本国を占領していた連合国最高司令官マッカーサー元帥は、日本海域における共産軍のしゆん動を封ずるためいわゆるマッカーサー・ラインなるものを設け、日本国本土から竹島への航行は同司令部の許可を要することとなつたが、右事変が終結し、連合軍の警備体制が解除せられるや、韓国大統領李承晩は、昭和二七年一月一八日はいわゆる李ライン(のちに平和ラインと呼号)と称する線を設けて、その線から韓国本土に至る海域につき同国の海洋主権を宣言し、さらに竹島は韓国の領土であると称して同島に警備員を駐屯せしめ、燈台を設け、砲台を構築し、昭和二九年五月以降実力を以て日本国の統治権を排除するに至つた。そのためには、原告は昭和二九年四月共同鉱業権者の一人田村寿技師を竹島に派遣して採掘準備に着手しようとしたが、同人は上陸することを得ないで帰航し、爾来採掘を実施することを得ないまま今日に及んでいる。

(四)  右の如く、原告は韓国による竹島の不法占拠によつて採掘権を行使することができなくなつたので、日韓問題解決に至るまで鉱区税の徴収猶予を得ようとして、昭和二九年八月八日島根県隠岐支庁に同年度以降の徴収猶予申請書を提出し、さらに同三三年一〇月一〇日に重ねて徴収猶予申請書を提出したところ、同日付を以て昭和二九年度分は徴税令書第八号、昭和三〇年度分は徴収令書第一〇号により、昭和三一年五月末日までそれぞれ徴収猶予の許可がなされた。しかるに被告島根県(以下被告県という)の総務部長伊達慎一郎は、右徴収猶予の許可決定があるにもかかわらず、昭和三三年二月一一日付財第一、〇五二号を以て、昭和二九年度分より昭和三二年度分までの各年度鉱区税額各金四、七四〇円に延滞金昭和二九年度分二、一二〇円、昭和三〇年度分一、四三〇円、昭和三一年度分八九〇円、昭和三二年度分三八〇円、督促手数料各年度分につき各二〇円、延滞加算金各年度分につき各二三〇円、を加算し、合計金二四、七八〇円の納付方を原告に要求し、さらに昭和三三年度分および三四年度分についても同様に原告に対して鉱区税の徴収令書を発してきたので、原告はやむなく昭和三四年八月二八日までに要求どおり各年度鉱区税、延滞金、延滞加算金、督促手数料合計金三五、四八〇円を納付した。

(五)  しかしながら、原告に対する右の課税処分は、次の理由によつて違法である。

(1) 課税権は、国家統治権の一部であり、したがつて、統治権の及ばないところには、課税権も及ばない。例えば、日本国の領土の一部ではあつても、サンフランシスコ条約により日本国の施政権が及ばないこととなつた沖繩や、日ソ共同宣言により日ソ両国家の平和条約はよつて最終的に解決せられるまでの間暫定的にソビエート連邦の施政権が認められたハボマイ、シコタンにおける財産権に対しては、日本国の課税権は及ばないのであつて、現にこれらの地域に対しては、日本国政府による課税は行なわれていない。竹島の場合は、沖繩やハボマイ、シコタンの場合と異なり、条約や共同宣言によつて日本国の施政権を放棄したり、一時的に他国の施政権を認めたりしたわけではなく、法的には統治権が及ぶが、前述のように他国の不法占拠によつて事実上これに対して統治権を行使することができない状態にあるにすぎないが、いやしくも現実に統治権を行使することができない地域である以上、かかる地域における財産権に対しては課税権を行使することができないと解すべきであつて、この場合を沖繩やハボマイ、シコタンの場合と区別すべき理由はない。なんとなれば、かかる財産権は財産権として国家統治権による保護を受けることによつて始めて権利として存立しうるものであり、またそれがために課税対象ともせられうるのであるのに、竹島のように日本国の統治権が現実に行使せられていない地域における原告の本件鉱業権の如き財産権は、かかる統治権による保護を受けることができない状態にあり、権利としての実質的存立をもたず、したがつてかかる財産権として課税の対象となり得ないものというべきだからである。それ故、日本国の一地方公共団体である被告県は、竹島に対する日本国の統治権が実際上行使し得なくなつた前記昭和二九年五月以降は右竹島に対する原告の鉱業権につき鉱区税を賦課徴収する権能を有しないのであり、したがつて原告に対する上記鉱区税等の賦課徴収は明らかに違法である。

(2) 仮に理論上課税権が存在するとしても、上記の如き事情に照らせば、国や地方公共団体としてはこれを行使すべきではない。すなわち、竹島に対する統治権の行使が再び可能となるまでの間は、原告の鉱業権に対しても免税措置をとるか、徴収猶予の措置をとるべきが当然であつて、現に被告県も、昭和二九年度分から昭和三一年度分までの鉱区税につき徴収の猶予をしたのである。それにもかかわらず、上述のように、昭和三三年二月一一日に至つて昭和二九年度から昭和三二年度までの鉱区税の督促をし、あまつさえ徴収の猶予を与えた年度を含めて延滞金、延滞加算金の追加徴収を行ない、さらに昭和三三年度分および同三四年度分についても同様の徴収を行なつたのは、違法といわなければならない。

そしてこれらの租税の賦課徴収が違法であることは、被告県の徴税機関において当然に認識しうべかりしものであるから、右機関は右租税の賦課徴収につき過失の責をまぬかれないものであり、被告県は、右機関の過失による違法な租税の賦課徴収によつて原告に加えた損害の賠償義務あるものというべきである。よつて、被告県に対し、原告が同被告に徴収された上記鉱区税等合計金三五、四八〇円の賠償を求め、なお、同被告は依然として原告に対し鉱区税の納付義務ありとして今後もこれを賦課徴収しようとする態度を示しているので、同被告との間において、被告国が竹島に対する統治権を完全に回復するまでは原告にかかる鉱区税納付義務のないことの確認を求める。

(六)  次に、原告は、上記(三)において述べたように、韓国による竹島の不法占拠によつて今日に至るまで採掘権に基づく採掘を実施することができず、そのために莫大な損害をこうむつているが、右は、以下に述べるように、内閣または内閣総理大臣の義務懈怠によるものであつて、被告国は、原告に対し、同被告の機関である内閣または内閣総理大臣の義務懈怠によつて原告の受けた右損害を賠償すべき責任をまぬがれない。すなわち、

(1) 竹島が日本国の領土の一部であるにかかわらず、韓国がこれにつき領土権を主張し、実力を以て同島を占拠し、日本国の統治権を排除した行為が国際法に違反する不法行為であることはいうまでもないが、かかる場合、日本国の行政責任者である内閣としては、竹島に存する国民の権利、利益を保護、回復するために、なんらかの有効適切な措置をとるべき義務あるものというべきである。

(2) ところで、他国による領土の一部の不法占拠に対する措置としては、自衛権を行使して直接実力により右の侵害を排除し、統治権を回復するか、平和的手段によつて解決するかの二つの方法しかないが、直ちに前者の解決方法をとることは、国際紛争を解決する手段として武力を行使することを永久に放棄した日本国憲法第九条に違反し、また同じく国際間の紛争についてまず第一に平和的解決方法によるべきことを要請している国際連合憲章にも違反するところであるから、日本国政府としては、まず後者の平和的手段によつて問題の解決をはからなければならない。かような解決方法としては、(イ)相手国に対して厳重に警告を発して退去撤退を求め、相手国がこれに応じない場合には、国際紛争平和的処理条約により、あるいは相手国首脳者との直接会談によつてその解決に努力する、(ロ)その方法による解決が困難であれば、国際司法裁判所に提訴する、(ハ)相手国が右提訴に応じない場合には、第三国に調停を依頼する、ことにアメリカ合衆国は韓国に対して庇護者的立場にあり、また日米両国間には安全保障条約およびこれに基づく行政協定があつて、両国は外国の侵略に存する防衛に関し密接な関係にあるのであるから、アメリカ合衆国に対して調停斡旋の申入れをすることは可能であり、また適切な方法でもある、(ニ)さらに第三国の介入による解決が不可能なら、国際連合憲章第三三条、第三四条により、国際連合安全保障理事会に調査の請求をし、国際世論に訴える等、各種の方法が存する。しかるに内閣は、昭和二九年九月二四日、竹島問題は日韓両国間の直接交渉によつては解決することができないものとして、この問題を国際司法裁判所に提訴することを決定し、向上書を以て韓国政府にその旨を申し入れたが、韓国がこれに同意しなかつたため提訴が不可能となつたのちは、本紛争の平和的解決のための上記のような首脳会談、第三国による調停依頼、国際連合安全保障理事会への調査請求等の方法のいずれをもとることなく、漫然として事態を放置し、今日に至つている。

(3) のみならず、日本国憲法第九条は、戦争の放棄を宣言しているが、これは、他国がわが国の領土の一部を侵略し、わが国との間のいかなる平和的解決の方法にも応じようとしない場合において、国の独立と安全とをはかるために自衛権を発動することまでも禁止するものではなく、自衛隊法第三条も、外国の直接侵略に対する自衛隊の防衛任務を規定しているから、韓国があくまでわが国との平和的解決に応じないというのであれば、当然自衛隊法の発動が要請せられるにもかかわらず、未だ竹島問題に関して国防会議が召集せられ、韓国の不法侵略に対する措置が講ぜられたことはない。また前記の日米両国間の安全保障条約に基づく行政協定第二四条には、日本区域において敵対行為または敵対行為の急迫した脅威を生じた場合には、日本国政府および合衆国政府は、日本区域の防衛のため必要な措置をとり、かつ、安全保障条約第一条の目的を遂行するため直ちに協議をしなければならない旨規定せられているにかかわらず、韓国による竹島の武力侵略に対して右規定による協議を求めた事実もない。

以上のように、内閣は、竹島に対する韓国の不法侵略を排除し、同島における統治権を回復し、国民の権益をまもる義務があるにもかかわらず、かかる義務を遂行するために有効適切な手段をなんらとることなく、漫然とこれを放置しているのであつて、内閣のかかる義務懈怠は、国家賠償法第一条にいわゆる国の公権力の行使にあたる公務員の過失による違法な職務行為というべきであるから、被告国がこれにより原告の受けた損害を賠償すべき義務あることは明らかである。

(七)  原告が内閣の上記義務懈怠によつてこうむつた損害は、次のとおりである。

(1) 原告が共同鉱業権者の一人である田村寿技師をして調査せしめた結果によれば、竹島の本件鉱区における「りん鉱」の埋蔵量は四〇万屯を超え、しかも採掘には火薬を要せずして露天掘により容易に採掘することが可能であつた。しかるに、上記韓国による不法占拠中に、右埋蔵「りん鉱」は同国によつてほとんど採掘し尽され、原告の有する採掘権はまつたく無価値となるに至つた。

(2) 原告が右採掘権に基づき採掘を実施することができたとすれば、竹島における本件鉱区の「りん鉱」四〇万屯の採掘事業による収支計算は、別紙(一)「竹島開発損益計算表」のとおりであつて、右四〇万屯の「りん鉱」採掘の収支概算は、総収入二、三〇九、〇〇〇、〇〇〇円、総支出一、〇〇二、六二〇、〇〇〇円、差引利益一、三〇六、三八〇、〇〇〇円となる。右の収支計算は、四〇万屯の「りん鉱」を八カ年で開発するものとし、年間四八、〇〇〇屯ずつの採掘を見込んでいるが、これは最も実現の可能な、そして採算のとれた採掘方法であり、また右計算書において基礎とせられた「りん鉱」一屯あたりの単価見積りは六、〇〇〇円であるが、農林省経済局肥料課の調査による昭和三〇年から同三四年に至る五カ年間の「りん鉱」一屯あたりの輸入単価の平均が七、三九六円であり、その卸売価格がりん分一六・五パーセントとして昭和三三年九月から同三五年三月までの実績によれば一一、二二五円から一一、八五〇円となつており、竹島の「りん鉱」のりん分は九、八八であるから、これを按分しても一屯あたりの卸売価格は七、〇九六円となるわけであることを考え、また「りん鉱」の国内生産が皆無で、その全部を外国からの輸入に仰いでおる事実と、四〇万屯の「りん鉱」が国一年の消費量の四分の一に相当する事実を考えると、上記計算書における「りん鉱」の単価見積りは、むしろ低きに失しこそすれ、決して不当な単価ということはできない。ところで、右計算書による差益金のうち原告の負担すべき事業税、鉱業税、所得税その他の諸税を合算すると、右差益金に対する五〇パーセントに相当する金額が見込まれるから、原告が現実に取得しうる純利益は前記一、三〇六、三八〇、〇〇〇円の半額の六五三、一九〇、〇〇〇円となり、原告は竹島における「りん鉱」採掘の不能のため右金額の得べかりし利益を喪失したこととなる。もつとも、右は昭和二九年から八カ年間における採掘によつて原告が得るであろうところの利益であるが、前述のように韓国側の盗掘により現在竹島における「りん鉱」は皆無となつているから、原告は確定的に右の利益を喪失したものというべきであり、仮に全部が盗掘されていないまでも、竹島が韓国により半永久的に占拠せられ、原告による開発が客観的に不可能となつている以上、原告の採掘権は実質上消滅したにひとしく、したがつて右原告は前記金額に相当する財産上の利益を喪失したということができる。

よつて被告国に対し、原告のこうむつた右損害のうち金五億円の賠償および同被告に対する本訴による右賠償の請求の日である昭和三四年一一月三日から支払済みに至るまで、民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

二  被告県の答弁

(一)  原告主張の請求原因事実中、一の(一)および(二)の事実は認める。ただし、鉱区面積二・五八六アールは、八三、八〇〇坪でなく、七八、二二六・五坪である。一の(三)中竹島が韓国に不法占拠され、今日も同様の状況にあることは認めるが、原告が田村寿を派遣して採掘準備に着手しようとしたが竹島に上陸することを得なかつたことは知らない。その余の主張は争わない。ただし、李承晩がいわゆる李ライン宣言をした時期は、いわゆる朝鮮事変の終結および連合軍の警備体制解除の後ではない。一の(四)中原告が昭和二九年八月八日に同年以降の鉱区税徴収猶予申請書を提出したこと、および原告が昭和三四年八月二八日までに鉱区税等合計三五、四八〇円を納入したことは否認する。原告は、昭和三二年二月二五日に昭和二九年度分の鉱区税四、七四〇円、督促手数料二〇円、昭和三四年八月二八日に同年度分の鉱区税四、八六〇円、合計金九、六二〇円を納入したにすぎない。その余の事実は認める。一の(五)以下の主張は争う。

(二)  原告は、竹島に対する日本国の統治権の行使が不可能の状態にあるから、原告の本件鉱業権に対する被告権の課税権がないと主張するが、竹島が法律上日本国の統治権の及ぶ日本国領土の一部である以上、韓国の不法占拠によつて事実上右統治権の行使が著しく困難な状態にあるとしても、そのために被告県の課税権が消滅するとすべきなんらの理論上の根拠はない。このことは、例えば三井三池争議の場合におけるが如く、第三者により鉱区が不法に占拠せられ、しかもこれを国の統治権を借りて排除しようとしても、占拠者の事実上の抵抗によつてそれが不可能であるような状態が相当長期間継続した場合においても、なおこれによつて鉱区税の課税権が失われないことと同様である。原告の挙示する沖繩やハボマイ、シコタンの例は、いずれも法律上日本国の統治権を行使することができない場合であつて、本件竹島の場合と同一に論ずることはできない。それ故、原告の右主張は理由がない。

(三)  鉱区税は、地方税法第一七八条の規定により、鉱区に対し、その面積を課税標準として鉱区所在の道府県においてその鉱業権者に課するものとされているが、その性格は、鉱業権者のみに当該鉱区内の埋蔵鉱物を採掘しうる排他的特権が与えられていることに対する反射的な負担として課せられる特権税である。その意味において、鉱区税は同じく地方税法第五一九条の規定により、鉱物の採掘の事業に対し、その現実に採掘した鉱物の価額を課税標準として鉱業者に課せられる鉱産税とは全くその性質を異にするのであつて、鉱業権に基づく鉱物の採掘の有無と関係なく、鉱業権なる排他的権利の享有という利益自体に着目して鉱業権者に課せられるものなのである。原告の本件採掘権も、鉱業権として登録を受け、かかる権利として国法上の保護を受けているのであるから(原告が本件採掘権の申請をした昭和二四年一月一二日当時においては、竹島については、昭和二一年一月二九日連合軍総司令部覚書SCAPIN六七七号(いわゆるマッカーサー・ライン)によつて日本政府の行政上の権限の行使が停止せしめられていたのであり、右採掘権の登録をした昭和二九年三月二九日以前の昭和二七年一月一八日には李ライン宣言がなされ、同二八年七月には海上保安庁の巡視船が銃撃を受ける等、事実上同島における採掘は著しく困難な状態にあり、原告はかかる事情を知りながら本件採掘権の出願および登録を行なつたのであつて、原告がかかる挙に出たのも、将来掘採が可能となることを予期し、あらかじめ掘採の権利を自己に確保しておこうとしたためにほかならず、現に原告はかかる排他的地位を保障されているのである。)、現実に掘採が可能かどうかにかかわらず、鉱区税の納付義務を免かれることはできない。故に、被告県の原告に対する鉱区税の賦課徴収には、なんらの違法はない。

(四)  原告は本件採掘権につき鉱区税の免除または徴収猶予の措置をとらなかつたことが違法であると主張する。鉱区税の減免については、地方税法第一九四条において、天災その他特別の事情がある場合において減免を必要とすると認める者にかぎり道府県知事において当該道府県の議会の議決を経て行なうことができるとされ、地方税の徴収猶予については、同法第一六条の二(現在第一五条)において、同法第一項各号に規定する事由により租税債務の履行が困難であると認める場合に一年以内の期間を限つて行なうことができるとされているが、いずれについても納税者の資力の状況、課税の均衡等を考慮して行政庁がその自由裁量によつて決定すべき事項とされているのであるから、免税や徴収猶予の措置を認めないことについては、当不当の問題を生ずるのみであつて、違法の問題は起りえない。のみならず、仮に違法の問題を生ずるとしても、原告は前記のように現実に掘採することが著しく困難な時期において、これを知りながら本件採掘権の出願および登録をしたのであるから、実際に掘採が不可能であるというだけのことで原告に対して鉱区税の免税や徴収猶予の措置をとらなければならないとする理由はないし、また原告の資産の状況に照らして原告に担税力がないとする事情も存在しないのであるから、被告県がかかる措置をとらなかつたことになんら違法な点はないというべきである。

三  被告国の答弁

(一)  原告主張の請求原因事実中一の(一)ないし(三)の事実に対する答弁は、被告県の答弁と同じ。一の(四)の事実は知らない。一の(五)の主張は争う。一の(六)中韓国による竹島の不法占拠によつて原告の本件採掘権実施が実際上不可能であること、国防会議を召集して韓国の不法占拠に対する措置を講じた事実のないこと、日米間に日米行政協定第二四条による協議をした事実がないことはいずれも認める。他国との紛争につき平和的手段による解決が要請せられていること、政府が韓国政府に対して原告主張の如き申入れをしたことは争わないが、その余の主張は争う。一の(七)の損害の額は争う。

(二)  原告の被告国に対する損害賠償請求の根拠として原告の主張するところは、被告国の機関である内閣または内閣総理大臣が、韓国による竹島の不法占拠に対し、これを排除して同島について存在する日本国民の権利、利益を保護するために有効適切な措置をとるべき義務があるにかかわらずこれを怠つたのは、国家賠償法にいわゆる公務員の違法な公権力の行使にあたるというにある。同法にいう公務員の違法な公権力の行使が公務員の積極的な作為のみならず不作為をも含むことは被告国もこれを争うものでないが、しかしかかる不作為が違法であるといいうるためには、その前提として、当該公務員に法律上一定の作為義務が存在しなければならない。そしてかかる作為義務は、法令上明文の規定がある場合か、しからずんば他人の利益を保護するため一定の積極的行為をすべきことが社会観念上当然に期待されており、その不作為が公序良俗に違反すると認められる場合に限つてその存在を肯定しうるものである。ところで、わが国の領土の一部が他国によつて不法に占拠されている場合に、特定の国家機関に対し右不法占拠の排除のため一定の行為をなすべきことを法律上の義務として定めた法令上の規定はないし、また右の場合に内閣が不法占拠を排除するための措置をとらないことが公序良俗に反するということもできない。もとより、右の如き場合に内閣が適切な外交上の手段によつて不法占拠を排除すべく努力する義務があることは当然である。かかる義務は、国民から国政を付託された内閣や国会が国民に対して負う政治的な義務であつて、特定の個人がこれらの国家機関に対して適切な排除措置を要求することができ、これに対応して右機関が右個人に対して法律上かかる作為の義務を負うというが如き性質のものではない。したがつて、原告の被告国に対する本訴請求は、内閣その他の国家機関が適切な措置を講じたかどうかの問題に立ち入るまでもなく、すでにその前提において根拠を欠くものであつて、棄却をまぬかれないものである。

(三)  仮に他国の不法占拠を排除すべき義務が単なる政治上の義務ではなく、法律上の義務であるとしても、韓国による竹島の不法占拠に対し、いかなる時期にいかなる方法を講じて右の不法占拠を排除するかは、日韓両国の関係全般との関連や国際情勢等諸般の状況にかんがみて決定さるべき高度の政治性を帯びた外交上の問題であり、これらの問題の決定、処理は、主権者たる国民に対して政治的責任を負う内閣、国会等の国の政治的部門の判断にまかさるべきものであつて、これらの政治的部門が右の問題に関してとつた処置ないしは態度の適否は、司法裁判所による審査権の範囲外にあるものと解すべきである。したがつて、かかる司法裁判所の審査権を前提とする原告の原告国に対する請求は、この点からも失当たるをまぬかれない。

(四)  のみならず、被告国の機関は、竹島の不法占拠を排除するため最善の努力をしている。すなわち、

(1) いわゆる李ライン宣言に対し、政府は昭和二七年一月二八日付口上書を以てこれに抗議し、竹島に対する韓国の領土権は絶対に認められない旨通報し、以来昭和三四年九月二三日までの間別紙(二)記載のとおり文書および口頭により竹島問題解決のため韓国政府との間に能うかぎりの交渉を続けている。すなわち、韓国の領有権主張に対しては同年四月二五日付口上書を以て韓国政府に厳重抗議し、昭和二八年六月頃韓国人漁民が竹島附近において漁採活動をし、さらに同年七月竹島におもむいた海上保安庁巡視船が韓国官憲から銃声を加えられるに及び、同年六月二三日、七月一三日、八月八日、同月三一日付各口上書により厳重抗議をするとともに、わが国の竹島に対する領有権は歴史上、国際法上疑いのないものであることを指摘して速やかに韓国による不法占拠を解消すべきことを要求した。さらに同年八月韓国警備員による同島への常駐および燈台建設の事実が判明したので、直ちにこれに対し、同月二七日、同年九月二四日、一〇月二一日、一一月二九日、同月三〇日付各口上書によりその即時撤去を要求した。そして韓国に早期撤退の気配がなく、かつ、事は領土権に関する法律問題であるので、国際司法裁判所による解決が最も妥当な方法であると考えて、同年九月二五日付口上書を以て国際司法裁判所への右紛争解決付託を提議したが、韓国は同年一〇月二一日付口上書を以てこれを拒否し、国際司法裁判所による解決は不可能となつた。そこでやむなく直接交渉による解決を期せざるをえないこととなり、じ来昭和三四年九月二六日まで、韓国による占拠の違法なるゆえんを広汎な歴史的考証、国際法に基づく理論構成によつて立証した文書を含み、八回にわたつて韓国側のつよい反省を求め、同国が速やかに不法占拠の状態を解消するよう不断の努力を重ねているのである。

(2) 原告は韓国の不法占拠排除のために自衛隊を出動させて実力による解決をはからないことが違法であるというが自衛隊の出動は必然的に戦闘行為を伴うから、国際連合憲章三三条、日本国憲法の精神に則り、最も慎重に考慮しなければならない問題であつて、かかる措置は、平和的解決が絶対に不可能な場合にのみ許されるやむをえない自衛手段というべきものである。そして現在平和的解決が絶対に不可能であると断ずるのは早計であり、なお直接交渉による解決を期待して努力を続けている段階であるから、未だ内閣総理大臣が自衛隊発動のための措置をとらないことになんらの違法はない。

以上述べたように、被告国の機関にはなんら違法な不作為はないのであるから、原告の主張は理由がない。

四  被告らの答弁に対する原告の反論

(一)  鉱区税が一種の特権税であつて、鉱業権の享有自体に着目して課せられるものであり、これに基づく現実の掘採の有無を問わないことは被告県のいうとおりである。しかし、原告の主張は、竹島に対する日本国の統治権の行使が実際上停止せられている結果、同島に対する原告の採掘権が権利としての実質を失うに至つているから、同島に対する統治権が回復し、原告の有する採掘権が名実ともに回復するまでの間は、これに対する課税権も停止せらるべきものであるというにある。鉱業権は、公的性質を有する私権であつて、国の特許行為により物権とみなされ、創設された権利であり、法律は鉱業権者に物権的効力として妨害排除請求権や妨害予防請求権を与えている。しかるに原告は、その採掘権に基づいて妨害排除を求め、権利保護を受けようとしても、竹島に対して日本国の統治権の行使が不可能である結果かかる保護を受けることができない状態にあるのである。つまり、権利目体がその基礎をなす統治権の及ぶ範囲においてのみ権利としての存在を有しうるのであつて、竹島に対しては日本国の統治権が現実に行使されていないから、同島につき存在する物権的権利も一時その存立を停止されている状態にあるわけであり、したがつてかかる権利に対する課税権の行使も不可能であるといわなければならない。被告県の主張は、竹島に対して日本国の統治権が現実に及んでいるということを前提としてはじめて正当性を有しうるものというべく、かかる前提を欠く本件には妥当しない。

(二)  被告国は、韓国による竹島の不法占拠に対しこれを排除するための措置をとるべき法律上の義務がないと主張する。しかし、一般に公務員は、法令上その権限として一定の行為をすべき義務を課せられている場合のみならず、善良なる管理者として当然一定の行為をなすべきことが条理上要求されている場合にも、作為義務を負うものである。而して、国が国民に対してある権利を付与した場合には、国は同時にその権利を保障する義務を負うのであつて、かかる権利が第三者により侵害せられた場合には、原状回復、損害賠償等の救済を与えなければならない。さればこそ、国はかかる保護のための手段方法についてしかるべき法制度を設け、権利保障にいかんなきを期しているのであり、国民によるかかる権利救済の要求に対してその救済にあたるべき国の機関がその怠慢または過失によりこれを与えなかつたときは、それに基づく損害に対して国は賠償の責に任じなければならないのである。本件におけるように、外国軍隊による不法占拠の結果国民の権利が侵害せられた場合には、権利者は通常の権利救済手段によつてその救済を求めることはできないし、国もまたこれを与えることはできないが、それだからといつて国に権利保護のためになんらかの措置を講ずべき法律上の義務が全くないということはできない。かかる場合になんらの保護救済措置をとらなくても、それは単に政治上の義務違反たるにとどまり、法律上の義務違反とならないというのは、法律によつてかかる権利を保障した趣旨に反するのみならず、憲法第二九条において財産権の不可侵を保障した趣旨にも反するものというべきである。

(三)  被告国は、韓国の不法占拠を排除するためにいかなる手段をとるのが適当であるかは、高度の政治性を有する問題であつて、その決定処理はもつぱら国の政治的部門の判断に委ねらるべく、司法裁判所にはこれに関してとられた措置や態度の適否を審査する権限はないから、かかる審査権の存在を前提とする原告の主張は失当であると主張する。しかし原告は、被告の機関である内閣その他がとつた特定の措置が不当であるとか、具体的にこれこれの措置をとるべきであるにかかわらずこれをとらないことが違法であるとか主張しているものではない。韓国の不法占拠を排除するためには、国内法上または国際法上、あるいは条理上とらるべくまたとりうる幾つかの方法があるのにかかる方法が全くとられていないこと、直ちに韓国軍隊の撤退を求めることが不可能なら、韓国に対して竹島における原告の損害の賠償を要求することも原告の権利救済の一方法であるのにこのような方法をもとつていないことにつき被告国の機関の義務懈怠を主張しているのであるから、被告国の上記主張は全く的はずれであり、その失当であることは明らかである。

(四)  被告国は数十回にわたり文書および口頭によつて韓国政府との間に交渉をしてきたと主張するが、かかる措置のみを以て原告の権利保護義務を尽したということはできない。

第三  証拠(省略)

理由

一  竹島が日本海中の一小島で日本国の領土の一部であること、原告、訴外田村寿、同安居惣七の三名が昭和二四年一月一二日右竹島の通称東島、西島およびその周辺の火成岩礁より成る二、五八六アールの区域を鉱区として「りん鉱」の採掘権(以下本件鉱業権という。)の出願をし、昭和二九年二月二六日右三名を共同鉱業権者として採掘権が許可せられ、その登録がなされ、原告がその代表者となつたこと、竹島が昭和二九年五月以降韓国によつて占拠せられ、事実上は日本国の統治権が及ばない状況にあることは当事者間に争いがなく、また被告県が原告に対し本件鉱業権につき原告主張のごとく鉱区税等を賦課し、原告がそのうち少なくとも金九、六二〇円を支払つたことは、原告と被告県との間に争いがない。

二  被告県に対する請求について

(一)  原告が被告県に対し損害賠償を求める理由の第一は、上記のように竹島に対しては日本国の統治権が事実上及ばなくなつた以上、右竹島に存する原告の本件採掘権に対する被告県の鉱区税の課税権も消滅したというべきであるにかかわらず同被告が依然としてかかる課税権ありとして原告に対し右採掘権につき上記のような鉱区税の賦課徴収を行なつたのは違法であるというにある。ところで、竹島に対する日本国の統治権の事実上の停止が同島に存する鉱業権に対する鉱区税の賦課徴収権を消滅せしめるゆえんについての原告の主張にはやや明瞭を欠くものがあり、あるいは課税権は統治権の一作用であるから統治権の及ばないところには課税権も及ばないといい、あるいは竹島に存する日本国法上の物権的権利たる鉱業権は同島に対する日本国の統治権の排除によつて権利としての存立の基礎を失うに至つたから、かかる権利の享有自体を課税要件とする鉱区税の賦課徴収権も消滅したといい、あたかも二つの論拠立つてその主張を理由づけようとしているようにもみえるので、以下においては原告の主張を右の二つの論点を含むものと理解してその当否につき判断を示すこととする。

まず第一の論点についてみるに、課税権は国家がその統治権に基づき、国家運営上の経費にあてるため、一定の人またはその集団に対して一方的に一定額の金銭を納付すべき義務を課し、かつ、これを強制的に徴収する権能を意味するものであるから、統治権の及ぶところには課税権もまた及ぶ反面、統治権の及ばないところには課税権もまた及ばないことは当然であり、被告県もまたこれを認めるところである。しかしながら、右の一般的命題の正当性を肯定することと、本件鉱業権に対する日本国ひいては被告県の課税権の存否の問題との間には、直接の関連性を見出すことはできない。なんとなれば、日本国の統治権は、原則として日本国民および日本国の領土内に在る物および外国人(国際法上の免除特権を有する者を除く。)に対してあまねく及んでいるのであり、したがつて統治権の一部たる課税権も一定の人(またはその集団)に対して一定額の金銭の納付を義務づけるものとして日本国民および日本国の領土内に居住する外国人に対しては当然に及ぶべきはずのものであつて、一般に課税要件とせられている一定の収益の取得、権利の享有その他の事実が日本国の領土内において発生したか外国において発生したかというような事情は、当然にはこれらの者に対する課税権の有無に消長を及ぼすものではないからである。日本国民が外国において取得した収益に対して課税したり、あるいは外国において一定の財産を所有すること自体に着目してこれに課税することすらも、国際的二重課税防止の見地からその当否が問題となりうるとしても、条約その他により日本国自身が自己のもつ課税権に制限を加えないかぎり、法理上はその統治権の範囲に属するものとして可能であるといわなければならない。それであるから、課税対象である鉱業権の所在地である竹島に対する日本国の統治権が韓国によつて排除せられたとしても、それだけで当然に日本国民である原告に対する日本国の統治権の一作用としての課税権が消滅する理由はないといわなければならない。原告の真意も、おそらくはこれと反対の理論を主張しようとするものではなく、現行法における鉱区税なるものが鉱区権の享有という事実を課税要件としていることに照らし、かかる「日本国法上」の権利の享有を課税要件とする課税権は、日本国の統治権の及ばなくなつた地域に存在する権利について消滅するに至ると主張するにあるのかもしれない。そうだとすると、原告の主張は、結局上に挙げた二つの論点のうち後者のそれに帰着するわけであるから、次にこの点について判断を加えよう。

地下に未掘採のまま存在する鉱物の掘採取得は、わが国法上は国の権能とせられており、(鉱業法第二条)、鉱業権は、かかる掘採取得の権能を有する国の特許行為により特定の人に付与せられた、一定の地域において排他的に一定の鉱物を掘採、取得しうる権利であつて(同法第五条)物権とみなされ、鉱業法上特別の規定が存する場合を除き、不動産に関する規定が準用されるものである(同法第一二条)。このように、鉱業権が特定の人に対して付与せられる特権たる性質を有することにかんがみ、地方税法は鉱業権に関連して賦課することのできる二種の地方税を認めている。その一は同法第一七八条に定める鉱区税で、鉱区に対し、その面積を標準として鉱区所在の道府県が鉱業権者に課するものであり、他の一は鉱産税で、鉱物の掘採の事業に対して、その鉱物の価格を課税標準として、当該事業の作業場所在の市町村が鉱業者に課するものである。それ故鉱区税は、鉱業権の享有ということ自体を課税要件とし、その権利の現実の行使の有無にかかわらず賦課される租税であつて、鉱業権の前記性質にかんがみ、一種の特権税であることは被告県の主張するとおりであり、原告もまたこれを承認するところである。このように鉱区税は、鉱業権の存在を前提とするから、鉱業権の及ぶ鉱区の所在地域が他国の領土となり、または他国の統治権に服し、その結果わが国の統治権がかかる地域に及ばなくなつた場合には、右の地域につき存した鉱業権自体も消滅し、したがつて右鉱業権の存在を前提とする地方税法上の鉱区税の課税権も消滅することは明らかである。(しかしこの場合においても、右の結果は、直接には課税物件たる鉱業権の消滅によるものであり、統治権の消滅は単に右の鉱業権の消滅の原因たるにとどまることに注意すべきである。)これに反し、鉱区所在地域に対する統治権が失われた場合でなく、その行使が事実上不可能となつたにすぎない場合においては、鉱業権もまた法的に消滅するわけではなく、単に事実上その行使が不可能となるにすぎないというべきである。もちろん国法上の権利は、一般的に言つて国家統治権によつて権利として承認せられ、かつその保護を受けることによつてのみかかる権利として存立しうるものであるから、統治権力による保護の可能性を失うに至つた権利は、原則として権利としての存立を否定さるべきであるといいうるかもしれない。しかしかかる保護は、一般的には単に法的な可能性として与えられていれば足り、必ずしも事実上も常に実現の可能性をもつことを必要とするものと解すべきではない。内乱や外国軍隊の侵入によつて一国の正統政府による統治権力の行使が一定の地域につきある期間事実上不可能となり、その結果その地域において統治権力による権利保護が事実上その期間不可能となつても、そのために右の権利が直ちに当然に法的にもその存在を失うということはありえない。このことは、統治権自体がその事実上の行使不能によつて当然に法的にも消滅するものでないこととなんら選ぶところはない。本件において、竹島に対する日本国の統治権力の行使が韓国の同島占拠により事実上不可能となつた結果、原告らが本件鉱業権の行使に対する侵害を日本国法の定める手続にしたがつて強制的に排除し、右権利に基づいて「りん鉱」の掘採を行なうことも事実上不可能となるに至つたことは、原告の主張するとおりであり、被告県も明らかに争わないところである。しかし鉱物掘採の不能が当然に鉱業権の消滅をもたらすものでないことはいうまでもないところであるのみならず、権利侵害の強制的排除の事実上の不可能が当然に当該権利の法的な存立を失わせるものでないことも上に述べたとおりである。よつて原告らの本件採掘権の法的な消滅を理由としてこれに対する鉱区税の賦課徴収権も消滅したとする議論は、しよせん根拠なきものとして排斥をまぬがれない。

もつとも、右のように日本国の統治権による保護を事実上失つた鉱業権は、たとえ法的にはなお存在するとしても、かかる権利のもつ実質的価値の大半を失い、事実上有名無実の存在と化するに至つたとも考えられるから、このような形式的な鉱業権の存在は、地方税法上鉱区税の課税要件たる鉱業権の存在というには当らないのではないかとの疑問が提出されるかもしれない。しかしながら、鉱業権に基づく鉱物の掘採がなんらかの理由によつて不可能となつても、地方税法上、当然にこれに対する鉱区税の賦課が排除されるものでないことは、同法の規定からも明らかである。すなわち、例えば同法第一九四条は、天災その他特別の事情がある場合においては道府県知事は鉱区税の減免を必要とする者にかぎり、当該道府県の議会の議決を経て鉱区税を減免することができると規定し、また同法第一八〇条第二項は、石炭鉱業合理化臨時措置法第五四条の許可が拒否されたことにより石炭を掘採することができない採掘鉱区についての鉱区税の税率を通常の場合のそれの二分の一と定めている。これによつてみれば、天災事変等の理由によつて鉱物の掘採が不可能となつた場合においても、それは前記道府県知事による裁量的減免(この点についてはのちにふれる。)の事由となるにとどまるものとせられているし、法律によつて掘採が禁止せられている場合にすら、よし右臨時措置は一定期間後廃止さるべきことがあらかじめ予定せられているという事情があるにせよ、鉱区税の税率を加減するにとどまつているのであるから、鉱業権の行使としての鉱物の掘採が不可能であるということだけで地方税法上鉱区税の賦課が排除されるわけのものでないことは明白であるといわなければならない。もつとも本件の場合においては、鉱物の掘採の妨害を法的強制手段によつて排除することが前記の理由によつて不可能であるために掘採の不可能という結果を招来しているのであるから、通常の掘採不能の場合とは同視することができないといいうるかもしれない。たしかに国が一方において権利保護のための措置を講ずることができないにもかかわらずかかる権利の享有を理由としてこれに課税するというのは、一見公正なやり方ではないとの感もないではない。しかし被告県も指摘しているように、鉱業権者は、なんらかの理由によつて鉱物の掘採が不可能であつても、それが可能となり次第排他的にこれを掘採しうる地位を保障されているのであつて、本件採掘権の場合においても、かかる保障は依然として有効に存在しているのである。そして地方税法がかかる利益が存在するかぎりなお鉱区税を賦課するとの態度をとつていることは、前記のように石炭鉱業合理化臨時措置法による石炭掘採の禁止の場合にすらなお鉱区税を賦課するものとしていることからもうかがわれるのである。けだしこの場合、掘採不能の原因を与えたものは国自身であるにもかかわらず、なお国が道府県に対して鉱区税の徴収権を否定していないのは、右の如き理由によるものとしか考えられないからである。このようにみてくると、竹島に対する日本国の統治権の行使が事実上不可能であるということから直ちに、地方税法上原告らの有する本件鉱業権に対して鉱区税を課することができないとする結論を導き出すことは困難であるとしなければならない。

(二)  次に被告県が本件鉱業権に対し鉱区税の減免措置または徴収猶予の措置をとらなかつたことが違法であり、また徴収猶予ををした昭和二九年度分から昭和三一年度分までの分について延滞金、延滞加算金の追加徴収をしたことが違法であるとする原告の主張について考えるに、鉱区税の減免については前記のように地方税法第一九四条の規定するところであり、また徴収猶予については同法第一六条の二以下(昭和三四年法律第一四九号による改正前)が地方税一般について同条以下に定める要件が存する場合にこれをすることができる旨を規定しているが、これらの規定はいずれも、その趣旨目的に照らし、単に徴税権者または徴税機関に対してそれが恩恵的に租税の減免または徴収猶予の措置をすることができる権能ないしは権限を認めたにとどまり、個々の特定の納税義務者に対する関係においてこれらの者を法的に拘束したもの、換言すればこれらの納税義務者に対して減免ないしは徴収猶予の措置をとることを義務づけたものとは解し難いから、被告県が本件採掘権に関してこれらの措置をとらなかつたことをもつて国家賠償法にいわゆる違法な行為ということはできず、したがつて原告の上記主張は採用することができない。(前記石炭鉱業合理化臨時措置法による石炭掘採の禁止の場合に採掘権に対する鉱区税が二分の一に減ぜられていることを考えると、これとの対比上からも本件採掘権に対しては当然減免措置を講ずるのが当然ではないかとの感がないでもないけれども、事は行政上の措置の当不当に関する問題であるから、当裁利所としてはこれにつき判断を示すかぎりではない。)また鉱区税につき徴収猶予をした場合においても、これにつき延滞金および延滞加算金を加算徴収することができないわけではなく、単に徴収税権者においてその裁量によりその全部または一部を免除しうるにすぎないことは地方税法第一六条の五の規定上明らかであるから、被告県が徴収猶予をした昭和二九年度分から昭和三一年度分までの鉱区税につき延滞金および延滞加算金を加算徴収したことを違法とすることもできない。

(三)  以上の次第で、被告県に対し損害賠償を求める原告の請求は、失当として棄却さるべきである。なお同被告に対する関係において鉱区税の納付義務がないことの確認を求める訴について職権をもつてその適否を判断するに、一般に納税義務の存否について納税者と徴税権者との間に争いがある場合においても、当該納税義務者は、原則として徴税権者が徴税権ありとして課税処分を行なつたのちにおいて、その処分に対する抗告訴訟において右納税義務の存否を争うべく、かかる処分のなされる以前においてかかる義務の存否の確認を直接裁判所に訴求することは、その者が右の抗告訴訟の提起が可能となるまで待つことによつて回復しがたい大きな被害を受けるため、行政処分に先立つて右の如き訴訟を許すことが国民の権利保護のためにつよく要請せられるような特別の事情のある場合にかぎつて許されるものと解するのが相当であり、本件においてはかかる特段の事情を見出すことはできないから、被告県に対する本件訴のうち右の確認を求める部分は不適法として却下せらるべきである。

三、被告国に対する請求について

被告国に対する原告の本訴請求は、日本国の領土の一部である竹島に対する上記韓国の不法占拠に対し、日本国における行政の最高責任者たる内閣は同島に存する国民の権利、利益を保護、回復するためになんらかの有効適切な置をとる措べき法律上の義務があることを前提とし、内閣がかかる義務を懈怠したことをもつて国家賠償法第一条にいわゆる公務員による違法な公権力の行使であるとし、これによつて原告が有する本件鉱業権を侵害せられたことによる損害合計金六五三、一九〇、〇〇〇円のうち金五〇〇、〇〇〇、〇〇〇円の賠償義務の履行を求めるというにあり、これに対し被告国は、原告の主張するごとき法律上の義務の存在を争い、かかる国民の権利、利益の保護、回復の義務は法律上の義務ではなく単なる政治的義務にすぎないから、その義務懈怠によつて国家賠償法上の損害賠償責任を生ずることはありえないと主張し、仮に右が法律上の義務であるとしても、右不法占拠に対していかなる時期にいかなる方法を講じてこれを排除するかは、高度の政治的外性質を帯びた外交上の問題であり、かかる問題の決定、処理は国民に対して直接政治的責任を負う内閣、国会等の国の政治的部門の判断に委ねらるべきもので、これらの部門が採用した処理方法の適否は、司法裁判所の審査権の範囲に属さないと抗争する。

そこで考えるに、日本国憲法は、主権が国民に存することを明らかにし(前文および第一条)、国政は国民の厳粛な信託によるものであることを宣言している(前文)。このことは、日本国における国家統治権が国民に淵源するとともに、それがもつぱら国民の利益のために行使せらるべきことを明らかにしたものであるということができる。いいかえれば、それは、国民に対する支配権力としての国家統治権は、その支配の客体である国民自身の承認によつて統治「権」として法的存在を取得したものであり、その国民の承認は、右の権力が国民の利益のために行使せらるべきことを前提として与えられたものであるとの原理を宣明したものである。その結果、国民は統治権の正当な行使に対してはこれに服従する義務を負い、他方国および国の機関として統治権を行使する者は、国民の利益のために右の統治権を行使する義務を負うという相互的な拘束関係が両者の間に発生する。そしてかような相互的拘束関係は、論理的にはひとつの法関係であり、各自の負担する義務は、法的な義務である、といつて差支えない。しかし右のごとき一般的法関係、法的義務は、あくまでも論理的な意味におけるそれであつて、それから直ちに実定法上一定の法効果を生ずるようなもの、すなわち裁判所によつてその実現が保障されることの可能な如き実定法上の法関係、法的義務であるとすることはできない。それがかかる性質を取得するためには、実定法上かかるものとして定立されることが必要である。したがつて、国民に対する関係において国家に対し特定の作為、不作為の義務を課する実定法の定立がないかぎり、国民の利益を害するような国家機関による権力の行使、国民の利益のために行使さるべき権力の不行使に対しても、国民は、裁判を通じて強制しうる実定法上の権利として国家または国家機関に特定の作為不作為を要求することはできないのである。原告は、国家は国民の権利、利益をまもる義務があるという。それは、そのとおりである。そしてその義務を法的義務として性格づけることも、間違いでないかもしれない。しかしこのような一般的保護義務なるものの性質は、あくまでも上述のような論理的意味における法的義務を超えるものではなく、そのままでは裁判所によつて強制しうる実定法上の義務たる性質をもつということはできない。一般に近代国家は国民の権利、利益をまもるために多くの部面においてそれぞれ一定の実定法上の制度を設け、国民に対してかかる制度を利用して一定の態様による権利、利益の保護を国家に求める権利を与えていることは明らかであるが、このような場合にはじめて、かかる制度を通して、定められた態様による保護を与えることが実定法上の国家の義務となり、それを与えないことが実定法上の義務違反として国家賠償法上の問題を生じうることとなるのである。(例えば権利侵害を受けた者は現行法上裁判所に提訴して裁判を求めることができ、逆に裁判所が提訴者に対してかかる裁判を拒否すれば裁判所の義務違反となるが、それはすでにかかる訴権行使の手続と機構とが実定法上の制度として設けられ、これを利用する権利が実定法上の権利として与えられているからである。)

本件において問題とせられているのは、韓国による竹島の不法占拠に対し、これを排除して同島に存する国民の権利、利益をまもるためになんらかの有効適切な措置をとるべき法的義務が国に存するかどうかということである。しかもその義務の懈怠が国家賠償法にいわゆる違法な公権力の行使(不行使)に当るような実定法上の義務がいずれかの国家機関について認められているかどうかということである。事はあくまでも実定法の認識、解釈の問題であつて、一般に国家は領土保全の義務があるとか、国民の権利、利益を保護する義務があるとかいうような抽象的原理から直ちに結論を演繹しうるような問題ではない。

ところでわが国の現行法において、他国による領土の不法占拠に対し、右占拠地域において権利を有する特定の国民に対する関係において、かかる不法占拠を排除して右の権利を保護回復するための措置を講ずべき法上の義務がいずれかの政府機関に課せられているであろうか。現在わが国においては、かような他国の不法侵略を排除する手段として、原告の主張するように、当該侵略国との直接交渉や第三国の仲介依頼、国際連合安全保障理事会に対する調査請求、国際司法裁判所への提訴等の外交的手段による解決の方法があるし、あるいは自衛隊法や日米安全保障条約の規定する方法を指摘する者もあるであろう。そして憲法第七三条第二号は、外交関係の処理を内閣の権限としているし、また自衛隊法第七六条は内閣総理大臣に対して自衛隊の出動を命ずる権限を与えており、上記のような領土保全のための措置をとるべき職務権限を有する者が何びとであるかは、実定法上いちおう明確にせられているといえる。しかしこのことから直ちに、これらの措置をとる権限を有する内閣および内閣総理大臣が同時にまたこれらの措置をとるべき法上の義務を外国の不法占拠によつて被害を受けている個々の国民に対する関係において負つていると結論することができないのはもちろんであつて、これを肯定しうるためには、さらに特段の実定法上の根拠を必要とする。しかるにかような法的義務を認めたと解する手がかりとなるようなものは、憲法にも、自衛隊法その他の現行法令のいずこにもこれを見出すことができないのである。このことは、むしろ現行法が領土に対する外国の不法占拠の如き不測の事態に対しては当該国民を救済するために内閣なり内閣総理大臣に対して一定の措置をとるべき法的義務を課し、よつてもつて個々の国民の権利を保障するという体制をとつてはいないことを推測せしめるものであり、しかもかような態度には一見国民の保護として欠けるものがある如く見えるけれども、深く検討すればかえつて次に述べるように十分な合理性があるのであつて、このことを思えば、むしろ現行法の解釈としては、かかる法的義務の存在を認め得ないとするのが正しいと考えざるを得ない。原告は、たとえ法令に明文の規定がない場合であつても、条理上特定の国家機関に一定の法上の作然義務が認められてしかるべき場合が存すると主張し、当裁判所もかかる場合が存在することをあえて否定するものではないが、本件の場合につき内閣や内閣総理大臣に原告の主張するような法的義務を認めることが条理上要求されるとの見解には、直ちに組することができない。

そもそも領土問題は、国際紛争の最も大きな原因のひとつであるとともに、その処理の最も困難なものであることは、公知の事実である。したがつて他国による自国の領土占拠というような事態に対して、いかにしてこれを排除し、この問題を解決するかは、被告国のいうとおり、相手国との従来の関係、相手国の態度やその国内情勢、第三国との関係その他の一般国際情勢等諸般の事情を考慮して決定処理せらるべき高度の外交政策上の問題であり、場合によつては、一時なんらの具体的措置を講じないということすら、ひとつの方法であることもないとはいいきれない。もしこの場合になんらかの措置をとるべき法的義務を特定の国家機関に課し、その義務懈怠によつて権利を害せられた者に対して国家賠償の請求権を認めたとすれば、いきおい右の損害賠償請求訴訟において司法裁判所がかかる国家機関のとつた態度の適否をある程度まで審査せざるをえないこととなるであろう。裁判所がかような問題を審査することが適当であるとは考えられず、またその結果は、外交権をつかさどる国家機関の活動を多かれ少なかれ硬直なものとすることをまぬかれないであろう。この場合、原告も主張するように、裁判所における問題が特定の措置をとらなかつたことの適否ではなく、なんらの有効適切な措置をとらなかつたこともしくは、なんらの措置をもとらなかつたことの適否に限られるとしても、いかなる事態を目して「なんらの有効適切な措置をとらなかつた」とするかまた「なんらの措置をもとらなかつた」ことが義務懈怠としてのそれであるかについては、おのずからそこに一定の政策批判が入りこまざるをえないのであつて、しよせん上記のような不都合な結果をまぬがれないのである。それは事の性質上内閣による政治的判断、それに対する国会の批判、与論、窮極的には主権者たる国民の判断という政治的過程によつて決定処理されるべき問題であり、これに関して法的効果を伴う法的義務を認めることはきわめて不適当であるといわなければならない。現行法が内閣なり内閣総理大臣に対して原告の主張するような法的義務を認めていない理由は、まさしくここにあるものと考えられるのである。

右のような考え方に対して原告は、国民に対して一定の権利を認めた以上、国家は当然にその権利を他の侵害からまもる義務があり、またかような義務を認めなければ憲法第二九条において国民の基本的人権として財産権を保障したことが無意味になると反論している。しかし国政の上での一般的な権利保護義務なるものが当然に直ちに国家賠償法の問題を生ずるような実定法上の法的義務となるものではなく、またそう考えなければならない合理的な理由もないことは上述のとおりであり(もともといかなる内容の権利を認め、広い意味におけるかかる権利を保護するための制度としていかなるものを設けるかは、憲法のわく内において立法府が広範な裁量権を有する事項であるが、立法府によつて設けられた権利保護制度の内容が「有効、適切」なものでなければ、あるいはまたかかる保護制度利用権を当該権利者に認めなければ、常に国に原告のいう権利保護義務の違反ありとして国家賠償請求権を生ぜしめるというものではないであろう。)、また憲法第二九条の規定の趣旨は、財産権を公権力による故なき侵害から保障するにあり、およそいかなる者のいかなる態様による侵害に対してもなんらかの形における「有効、適切」な財産権の保護措置を講ずべきことを当該権利者に対する実定法上の国家の義務として要求したものとまではいうことができないし、そう解釈しないと憲法第二九条の規定が無意味となるということもできない。したがつて原告の右主張は理由がない。

本件において、原告が日韓両国間の国際紛争上の被害者であり、犠牲者であることは明らかである。それ故、たとえ現行法上は政府に原告に対する関係において韓国による竹島の占拠を排除し、原告の権利を回復するためのなんらかの措置をとるべき法的義務を認めることができないとしても、これによつて原告がこうむつた損失の補償という問題は、政策上の問題として考えられてよい問題であるかもしれないし、あるいは政府の処置のいかんによつては憲法第二九条第三項との関連においてひとつの法律問題ともなりえないでもないかもしれない。しかしかような政策上の問題については当裁判所の見解を表明するかぎりではないし、また憲法第二九条第三項による補償請求権の問題も本件の争点とはなつていないので、ここではこれ以上この問題にはふれない。

以上の次第で、被告国に原告の本件採掘権を保護回復するための措置をとるべき法律上の義務があることを前提とする原告の同被告に対する本訴請求は、右の前提において理由がないものとせざるを得ないので、その余の争点に立ち入るまでもなく失当として棄却さるべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判長裁判官 浅 沼  武

裁判官 中 村 治 朗

裁判官 時 岡  泰

別紙(一)竹島開発損益計算書

〃(二)      (省略)

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